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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)293号 判決

原告 風間寿一

被告 株式会社 富士銀行

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金百万円およびこれに対する昭和二十五年十二月二十三日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言を求め、第一次の請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は三共縫製工場という商号で衣類等の縫製工場を経営するものであり、訴外保科昭一は当時の警察予備隊々員であつた。

二、昭和二十五年十一月二十四日頃、原告は当時募集中であつた当時の警察予備隊の繊維製品納入指定業者の登録を受けるため、これが指定の申請手続をとることを右保科に委任し、同人をして同月二十七日右申請書類を警察予備隊に提出させた。

三、そして右指定申請には保証金として金百万円を日本勧業銀行に預金し、その預金証書を添付しなければならないことになつていたので、原告は同年十二月四日訴外株式会社東海銀行千住支店に現金百万円を交付して同支店から同支店振出の別紙記載の小切手(以下本件小切手という)の交付を受け、日本勧業銀行に右小切手を交付して原告の預金とする趣旨のもとに訴外保科にこれを預けた。

四、然るに保科は右委任の趣旨に反し、不法にも翌六日午后一時頃本件小切手を訴外井内真澄に依頼して被告銀行小舟町支店の同訴外人名義の当座口に振り込んで右小切手を横領したうえ、井内を通じて被告銀行小舟町支店から現金百万円を受領した。

原告は右横領の事実を同日午后一時半頃知つたので直ちにその頃本件小切手の支払人である訴外東海銀行千住支店に対し本件小切手の被害届をなして小切手金の支払の差止を請求するとともに同支店をして直ちに電話連絡により被告銀行小舟町支店に対しその旨の通知をなさしめ、さらに原告自身同日午后二時五分すぎ頃被告銀行小舟町支店に赴き、本件小切手は横領されたものであることを告げた。

五、本件小切手は翌七日東京手形交換所を経由して支払人である訴外東海銀行千住支店に対し呈示されたが、同訴外銀行は原告からの前記届出によりその支払を拒絶した。

六、以上のとおり、当時被告銀行小舟町支店の手許にあつた本件小切手は訴外保科昭一の横領にかゝる賍物であつて、原告はいぜんとして本件小切手の正当な所持人であるから、被告銀行小舟町支店に対し本件小切手の引渡を求めたところ、同支店はこれに応ぜず、東海銀行千住支店を強要して同月二十二日本件小切手と引換に金百万円の支払を受けて原告の有する本件小切手上の権利を喪失させ、よつて、原告に対し金百万円の損害を与えた。

七、右損害は、被告銀行小舟支店の故意又は過失による不法行為に基き被告がこうむつたものにほかならないから、被告銀行は原告に対し金百万円およびこれに対する右不法行為成立の後である昭和二十五年十二月二十三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を賠償する義務がある。

右のように述べ、予備的請求の原因として、仮りに被告銀行小舟町支店の前記行為が不法行為に該当しないとするならば、同支店は法律上の原因なくして原告の財産(本件小切手債権)により金百万円の不当の利得を受け、これによつて原告に対し本件小切手金額と同額の損害を与えたことになるから、被告銀行は右百万円を原告に返還する義務がある。なお同支店は悪意の受益者であるので、被告銀行は東海銀行から支払を受けた日の翌日である昭和二十五年十二月二十三日より右百万円に対する法定利息の支払をする義務があると述べ、被告の主張に対し次のとおり述べた。

一、本件小切手金が被告銀行小舟町支店の当座預金取引先である井内真澄から同人の当座預金口座に振り込まれ、それと同時に同支店が井内に現金百万円を交付したことは認めるが、その余は否認する。

二、銀行振出の小切手を当座預金に入れるということは、銀行に対していわゆる代金取立を委託するのであつて、その小切手金が振出銀行から支払われたときに初めて振込人の預金となるというべきであるから、この時に振込人と銀行との間に預金関係が発生し、銀行は預金返還債務を負担するにすぎない。したがつて被告銀行小舟町支店は小切手について小切手上の権利を取得する間隙はないわけである(いわゆる小切手の割引の場合と異る)。このことは資力および信用において欠けることのない法務局供託課振出の日本銀行を支払人とする小切手にあつても同様である。

なお、小切手法第二十一条は小切手の取得者(正当所持人)に関する規定であるから、本件における被告銀行には同条は適用がない。

三、小切手法第三十七、三十八条は小切手が紛失するなどによつて悪意の所持人が支払を受けることのある危険を防止するための線引小切手に関する強行法規である。しかして、本件小切手は原告の依頼によつて株式会社東海銀行千住支店が振り出した一般線引小切手である(甲第一号証の表面に記載されている「株式会社富士銀行小舟町支店」という特定線引は井内から振込をうけた直後被告銀行小舟町支店によつて施されたものである)から、これを当座口に振り込むよう依頼を受けた被告銀行小舟町支店としては、支払人である東海銀行千住支店に対して手形交換所において呈示して支払を請求し、同千住支店はこの時に支払をなすべきであつて、銀行を通じての支払呈示以前には本件小切手が線引小切手であるという性質を失ういわれはない。原告は、本件小切手が被告銀行小舟町支店に振り込まれた直後に東海銀行千住支店に対しては支払の差止を、また被告銀行小舟町支店に対しては本件小切手の返還を請求したのであるから、その時以後同支店は本件小切手につき悪意の所持人となつたのであつて、支払人である東海銀行千住支店に対しては支払を請求することができなくなつたものである。一般に小切手の振込はその小切手金額の取立の依頼であつて、手形交換により支払ずみとならなければ、振込人との間に預金関係は成立しないのであつて、銀行振出の小切手においても同様である。したがつて、被告の主張するように被告銀行小舟町支店が井内に対しいわゆる現金払の取扱をしたのは預金の払戻ではなくて本件小切手とは関係なく井内に対して信用貸をしたものにほかならない。このことは被告銀行小舟町支店備付の当座勘定元帳の記載によつても明らかであつて、すなわち同元帳中、昭和二十五年十二月六日の貸方らんに記載してある金百万円は本件小切手が振り込まれた旨の記載があるが、その摘要らんに「他/翌々」と記載されているのは、他店小切手、翌々日すなわち十二月八日に預金となる趣旨である。

四、線引小切手に関する小切手法第三十八条第一項は強行法規と解すべきであつて、被告が主張する銀行振出小切手を現金と同様にみなす慣習は、これに反する。すなわち、同条同項の規定は、支払人は支払のための呈示までの間に異状がなければ支払つて差し支えないとの趣旨を定めたのであつて、支払呈示以前に正当な所持人から紛失または窃取、横領されたような証明もしくは届出がなされた場合には支払人はこれを支払つてはならないし、かゝる小切手の取立委任を受けた銀行は手形金の支払を請求してはならないとの法意と解すべきである。被告銀行小舟町支店は本件小切手が支払呈示をする以前に横領された小切手であることを知り、かつ、一度東海銀行千住支店より支払拒絶を受け乍らその後に至り同支店を強要してこれから支払を受けたのである。したがつて、線引小切手に関する強行法規に違反する不法行為でありもしくは法律上の原因なくして本件小切手金を受領した不当利得に該当する。

原告訴訟代理人は、立証として甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三、四号証、同第五号証の一、二、同第六号証を提出し、同第五号証の一、二、同第六号証は取下前の本件被告株式会社東海銀行が提出した書証の写である、と述べ、証人大野昇、同永田重之亟、同福成格三、同小野清の各証言および原告本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、第一次の請求の原因事実中、

一および二は知らない。

三のうち本件小切手が東海銀行千住支店振出の一般線引小切手であることは認めるが、その余は知らない。

四のうち、原告主張の頃被告銀行小舟町支店が本件小切手を井内真澄から受けとりこれを同支店の同人の当座預金勘定に振り込んだこと、原告主張の日の午后三時前頃東海銀行千住支店から電話があつたことおよび被告銀行小舟町支店が井内真澄に現金百万円を支払つたことは認めるが、その余は知らない。

五は認める。もつともその後被告銀行小舟町支店は東海銀行千住支店から本件小切手金の支払を受けたので、同支店に小切手を交付した。

六のうち、原告主張の日東海銀行千住支店が被告銀行小舟町支店に対し本件小切手金百万円を支払つたことは認めるが、その余は否認する。

七は争う。

二、予備的請求原因事実はすべて争う。

三、被告銀行小舟町支店は、同支店の当座預金取引先であつた東洋ビロード株式会社専務取締役東京出張所長である井内真澄が昭和二十五年十二月六日午后一時頃東海銀行千住支店振出の自己宛持参人払式小切手(本件小切手である)を持参しこれを見合として現金支払の取扱方の依頼があつたので、右小舟町支店では、同支店に備えつけてある東海銀行千住支店の印かんと本件小切手に押印された同千住支店の印かんとを照合するとともに念のため同支店に対し電話で問い合わせた結果本件小切手は同支店によつて真正に振り出されたものであることを確認することができたので、小舟町支店では本件小切手を現金と同様に扱い、これを右井内真澄の当座預金勘定に振り込むとともに、同人に本件小切手金額と同額の金員を支払つた。ところが、同日午后三時頃東海銀行千住支店から被告銀行小舟町支店に対し、本件小切手は詐取されたものである旨原告から届出があつたので支払を留保してもらいたいという電話があり、続いて原告方の大久保某も同支店に来て同様の申入をしたが、いずれも同支店において右井内に対し前記のように支払をしてしまつた後のことであつたから、その旨回答したのである。

四、しかして銀行振出の小切手はその振出人の資金と信用とが確実なところから取引上現金と同様にみなして取り扱う慣習がある。たとえば東京法務局供託課でも銀行振出の小切手をもつて供託を受けとるときは現金受入として取り扱つているなど、ひとり経済界にとゞまらず、一般取引上においても右のような慣習があるほどである。被告銀行小舟町支店も右慣習により本件小切手を現金と同様にみなし、井内真澄の当座預金勘定に入れる(これは現金の預入と同一である)ことによつて預金関係が成立し、したがつて本件小切手上の権利は同支店に移転し、井内は同支店に対し預金債権を取得した。そして同支店は井内の請求に基き右預入金に相当する金百万円を同人に支払つたわけであるから、同支店は本件小切手の善意取得者である。このことはまた、訴外東海銀行が被告銀行小舟町支店に対し昭和二十五年十二月二十二日本件小切手と引換に小切手金の支払をしたことからも明らかである。

それであるから、仮りに本件小切手が原告主張のように保科昭一によつて横領されたものであつたとしても、善意、無過失の取得者である被告銀行は原告主張のような損害の賠償もしくは不当利得としての返還義務はないこと勿論である。

五、また、元来、小切手の接受は金銭の支払に代えてなされ、現金の支払と同一視されるのが取引上の通念であるから、裁判例も、預金者が自己の当座預金口座に小切手を振り込んだ場合はその時に預金者と銀行との間に預金関係が成立する旨を判示している(東京地方裁判所昭和二十七年(ワ)第五、五七八号事件)。特に銀行振出の小切手についてはなおさらのことである。

なお、被告銀行小舟町支店備付の当座勘定元帳のうち、昭和二十五年十二月六日の貸方らんには「他/翌々振小」と記載されている。そして、他店小切手の預入は現金と同様にみなされるので、右の記載のうち「翌々」の記載は不必要なのであるが、受入小切手が翌々日にいわゆる落ちたかどうかを確認するための便宜上の記号にすぎないから、右記載をもつて直ちに原告主張のように井内に対し支払つた金百万円が信用貸をしたものであるということにはならない。

六、また、前記のように本件小切手は被告銀行小舟町支店がその取引先である井内から善意、無過失に取得した持参人払式のものであるから、その取得後原告がその返還を被告銀行小舟町支店に請求しても、同支店は、その故に返還義務を負うことはないし、悪意の取得者になるはずもない、のみならず、本件小切手の支払人は東海銀行千住支店であつて原告は本件小切手上何らの義務も負担するものではないから、無関係の者である。したがつて、原告が正当の所持人として東海銀行千住支店をして支払を拒絶せしめ或は善意無過失の取得者である被告銀行小舟町支店に対し支払呈示の差止を請求するような権利はこれを有しない。

七、しかして、被告銀行小舟町支店は東海銀行を強要して本件小切手金の支払をなさしめたようなことはない。右小舟町支店は本件小切手上の権利を行使したにすぎず、何ら原告から不法行為による損害を求められる筋合はないし、何ら不当の利得をしてはいない。

八、なお、線引小切手の取得、授受は無線引小切手のそれと法律上何ら異るところはない。たゞ、無線引小切手は支払人において何人にも支払い得るが、線引小切手は取得者が銀行以外の者であるときは銀行を通じてのみ支払を請求し得、支払人は銀行に対してのみ支払い得るというにすぎない。そして、線引小切手である本件小切手も転々流通するものであつて、井内が善意で保科から本件小切手を取得した以上井内は本件小切手の善意取後者であり、原告は本件小切手の所持人ではない。したがつて、この点からも原告の本訴請求は理由がない。

被告訴訟代理人は、立証として証人井内真澄、同小野清、鑑定証人天野達の各証言を援用し、甲号各証の成立を認め、甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三、四号証を援用した。

理由

一、本件小切手が東海銀行千住支店振出の一般線引小切手であること、被告銀行小舟町支店が昭和二十五年十二月六日午后一時頃本件小切手を井内真澄から受けとり、同人の依頼により同支店の同人の当座預金勘定に振り込んだこと、被告銀行小舟町支店が井内真澄に現金百万円を支払つたこと、本件小切手は同月七日東京手形交換所を経由して支払人である東海銀行千住支店に対し呈示されたが、同支店は原告から被害届出があることの理由でその支払を拒絶したことおよびその後同月二十二日被告銀行小舟町支店は東海銀行千住支店から本件小切手金の支払を受けたことは当事者間に争がない。

二、成立に争のない甲第一号証、同第五号証の一、二、同第六号証証人大野昇、同永田重之亟、同福成格三、同井内真澄、同小野清の各証言および原告本人尋問の結果に前記当事者間に争のない事実を総合すれば、本件事実関係の大綱につき、次のとおり認定することができる。

原告は、三共縫製工場という商号で衣類等の縫製工場を経営していたが、昭和二十五年十一月二十四日頃、取引上の知り合いの間柄であつた訴外大野昇を通じて訴外坂井某から、当時の警察予備隊の繊維製品納入指定業者の登録をうけるために当時の警察予備隊二等警士として同隊被服課に勤務し、同隊に出入りする商人の登録を認証する係に所属していた訴外保科昭一を紹介されて原告の工場ではじめて会つた。保科は原告の工場を視察したうえで指定商人にすると言つたので、原告は保科に登録に関する手続を依頼し、契約関係の書類を作りかけたが、締切日までに間に合わなかつたので、あきらめていたところ、昭和二十五年十一月二十九日頃保科から、少しぐらい遅くなつても、自分が係をしているのでなんとでもなるから書類を出すようにとの話があり、保科自身もできただけの書類を原告の許から持ち帰つた。そして同日午后四時頃、無事受付をすませ、受付番号は五一七号になつたと保科から電話で大野の方に知らせがあつた。ところで右指定業者の登録を受けるための申請には、保証金として百万円を日本勧業銀行に預金し、その預金証書を添付しなければならないことになつていたが、保科は上官からその手続を頼まれているのが二通あるので、一緒にやつてやろうと言つたので、原告が預金通帳を渡したところ、現金にしておいてくれということであつた。そこで昭和二十五年十二月四日原告と大野昇とが原告の取引銀行である東海銀行千住支店に赴き右のいきさつを話し保証金として使用するため預金口座から、現金を払い出そうとしたところ、同支店長が、現金では危いから線引小切手にした方がよいだろうとの意見であつたので、原告も右意見に従うこととし、同支店に預金してあつた約八十万円に、別に原告が持参した現金を加えて百万円を同支店に交付してこれと引き換えに額面が百万円の持参人払式線引の本件小切手(甲第一号証)を同支店から、自己宛として振り出してもらい、その交付を受けた。原告はこのようにして交付を受けた本件小切手を保科に手渡して指定業者登録の手続を依頼した。ところが、一方訴外東洋ビロード株式会社東京出張所長井内真澄は友人の訴外五十川忠夫から本件小切手を現金にしたいから、井内の当座預金口座を利用して現金に換えてくれと頼まれたので、井内は、五十川がどのようないきさつで本件小切手を所持するに至つたかは知らなかつたが、友人としての誼から、昭和二十五年十二月六日その取引銀行である被告銀行小舟町支店に赴き、同支店の小野預金係長に会い、同人に本件小切手を現金にしたい旨依頼をした。右依頼を受けた被告銀行小舟町支店では係員が手形交換所の著名銀行印かん簿と小切手用紙および払出人の印かんとを対照してみたが、本件小切手のそれらに誤りがないと認めることができたので、更に東海銀行千住支店に電話をかけ、本件小切手が振り出されているかどうかを問い合わせたところ、同支店預金係員から、本件小切手が振り出されている旨の返事であり、本件小切手が同支店から振り出されたものであることを確認し得た。そこで、被告銀行小舟町支店としては井内の申出に応じて本件小切手金を井内の当座預金口座に繰り入れるとともに、即時現金百万円を井内に支払つた。ところが、被告銀行小舟町支店から右のような問い合わせの電話が東海銀行千住支店にかかつたことの報告を聞いた同支店長代理福成格三は、本件小切手が振り出される当時の原告の話では日本勧業銀行に預金をすることが前提となつていたのに、被告銀行小舟町支店から問い合わせがあるのは変だと思い、同人は原告に電話で知らせた結果、原告は自分が依頼した人と違うので、事故小切手として届け出るから、支払をすることを待つてもらうよう連絡してくれと依頼し、原告もまた被告銀行小舟町支店に赴いて不渡にしてもらいたい旨頼んだ。しかし同支店としては原告の言うような事情は関知しないことであるという理由で、支払停止の求めには応じなかつた。さらに原告は井内真澄を同人の家にたずね、同人から、本件小切手の換金を五十川に頼まれた旨を聞いて五十川のところに行つたところ、同人は「保科が金にしてくれといつた、保科は金を受けとつて今帰つたところだ」という返事であつた。なお、調査の結果原告名義の指定業者登録申請書は保科の言に反し予備隊に提出されてはいなかつたことも判明した。一方、東海銀行千住支店は右のような事情と京橋警察署から犯罪防止に協力して欲しいとの連絡もあつたので、手形交換所に廻つてきた本件小切手の決済をせず、一たん被告銀行に戻したところ、被告銀行は不渡の届出をしたので、東海銀行は異議の申請をするとともに百万円を供託した。その後、東海銀行千住支店としても本件小切手が銀行振出のもので銀行間の取引である以上小切手の信用を確保する必要があることと、被告銀行小舟町支店長から「富士銀行小舟町支店は本件小切手の善意の所持者であるから、支払をして欲しい」旨記載した書面(甲第六号証はその写)を差し入れたことでもあるし、原告の方からも支払拒絶について適法な手続がなされないので支払を拒否する理由に乏しいという理由から昭和二十五年十二月二十二日本件小切手金を被告銀行小舟町支店に支払つた。

右のような事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

よつて次に右認定の事実関係に基き原告の第一次の主張および予備的主張について判断する。

三、小切手は、通常、小切手契約等資金に関する契約を締結している銀行を支払人としてこれに宛てて受取人に一定金額の支払をなすべきことを委託する形式によつて振り出される(資金がないのにかゝわらず、小切手を振り出した時は五千円以下の過料に処せられることは小切手法第七十一条に規定するところである)。すなわち、小切手は経済的には振出人の金銭支払の用具として、現在現金の支払をする代りに一時代用的に振り出されるものであり、金銭支払の簡易、迅速、安全、確実をその本来の目的としているものというべく、現金代用の作用を営むものと解することができる。

したがつて、所持人は支払人たる銀行に持参すれば直ちに小切手金の支払を受けることができるし、銀行預金者が自己の預金口座に小切手を振り込んだ場合にはその時に現金預金がなされたものとみなされるべきであることは、前記のような小切手の本来の目的から当然導き出され得るところであるということができる。たゞ実際問題として資金のない、いわゆる不渡小切手が存在し、小切手を現金そのものとして取り扱い得ない関係から、小切手が手形交換所を経て支払われる以前には預金者から預金としての払戻請求があつてもこれを拒絶することができるというにすぎず、手形交換所を経て支払われる以前に預金者に対し現金で小切手金額に相当する金員の全部または一部を支払つた場合には、その支払は銀行の顧客たる預金者に対するサービスとしてなされたものではあるけれども、その支払自体は、銀行が、預金者において小切手を振り込むことによつて成立した預金契約上の義務を履行したのであつて、有効な預金の支払であると解するのを相当とする。

殊に銀行振出の小切手はその性質上小切手表示の金額について振出銀行がその資金と経済的信用とにおいて責任をもつて支払をする旨宣言しているものというべく、恰もその小切手につき支払人が支払保証をしたと同一の効果を有するものと解するのを相当とする。すなわち、その支払われることは確実であることによつて経済的には全く現金と同一の作用を営むものということができる。

それであるから、他の銀行振出の小切手が預金者から預金口座に振り込まれ、その銀行が善意かつ過失なく右小切手を取得したものである場合には、その時に現金預金がなされたものとして預金者に対し小切手金額相当の金員の支払をすることができるものと解すべきである。

鑑定証人天野達の証言によれば、銀行取引において以上に説示したと同じ内容の取扱がなされている事実を認めることができる。

なお、本件小切手が線引小切手であることは右のように解することの妨げとはならない。けだし、線引の制度は小切手が現金と同様の作用を営む関係上、盗難、紛失等によつて所持人もしくは振出人のこうむることがあるべき損害の発生を防止するために、銀行が線引小切手を取得もしくは支払をすることができる相手方を制限しているにすぎないからである。

四、本件においては、被告銀行小舟町支店は同支店の取引先である井内真澄から本件小切手を取得したのであること前記認定のとおりであるから、同支店は本件小切手の取得につき小切手法第三十八条違反の行為はないし、前記認定事実によれば同支店は本件小切手を善意かつ無過失に取得したものということができる以上、被告銀行小舟町支店が井内真澄から本件小切手を取得しこれを同人の預金とするとともに現金百万円を同人に支払つた行為は、何ら不法行為に該当しない。また、以上に述べてきたことから、東海銀行千住支店としては、結局本件小切手金を支払わなければならないものというべく、被告銀行小舟町支店がその支払を受けても、何ら不当利得に該当する理由はない。

五、以上の次第であるから、原告の主張はいずれもこれを採用するに由なく、失当として排斥せざるを得ない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 秋吉稔弘)

別紙

一、額面 金百万円

二、振出地、支払地ともに東京都足立区

三、振出日 昭和二十五年十二月四日

四、振出人 株式会社東海銀行千住支店支店長永田重之亟

五、支払人 株式会社東海銀行千住支店

六、番号 第三三九号、横線引

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